子供の教育に関して一言申し上げたい
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わしが活動している森には、この10年間色々と個性のある子供達がきた。そして、まだまだ大人になりきっていない者も来た。そういうところから わしは、わしなりに人間という生き物の心、そのあり方について、学ぶ機会を天から与えられたことを感謝している。わしは、この森にこもる前は、色々な事があり、色々な事を考えた。そして、縁があって現在の森に落ち着くことが出来た。昔、わしにも子供がいたのでござる。 事情がありまして別れる事になった訳でござる。そういった事から、この森で下界の大人たちにも出来ない事を実行しようときめた訳でござる。大自然の材料を使わせていただき、冒険遊具を手作りで何年かかってもいいから作って、遊びながら人間としての土台を下界の子供だけでなく、子供の時にこのような遊びが出来なかったお父さん、お母さん達、一人でも多くの人に実践体感してもらおうと思ったのじゃ。少々の傷を身体につけ痛い!とわかる体験を自らの意思で行うことで、「相手を傷つけたら痛いだろうな」と理解する。暴力でわからせるのではなく心の拳で打てば必ず解ってくれます。 決して高飛車ではいけませんぞ!子供はですな、お母さんの腹の中にいるときから、親の話しぶりを聞いているのでござる。行動こそ見えないが二人の話し方から読み取ります。ですから一生親を見て育ち、成長の中に親があることを忘れてはなりませんぞ!我が子がもし非行に走ったら、それは誰のせいでもなく、お父さん、お母さんの躾にあるのですぞ! また、お父さん、お母さんがどのような結婚のあり方で結ばれたかも大きく影響ありだ、とわしは見ている。好きだ、惚れただの二人だけの問題で結ばれるのではなくて、今一度、我が心にブレーキをかけてよく考えるのだ。生まれてくる未来の宝の子供の為になるかどうか、つらいだろうが時間をかけるのでござる。良く考えて、人としての責任ある結婚を願いたいものでござる。何事も始めが大切なのだ。 何事も基本をしっかり身に付ければ悪い方向には進みにくいものよ。話は余談になりますがな、今の社会を見てごらんなさい。わしが言わなくてもご存知であろう。例えば、警察。安心して生活が出来るようにと国民の税金を与えられているのに不祥事が多いでござるな。 わしは、同じ日に二度もパトカーに止められたことがあるぞ。ちゃんとした身なりで自転車で走っていたのに止められて「あんたどこへ行くの?」。その高飛車な態度と人をはじめから疑って掛かっている目つき。警官としての教育のされ方と親の躾方が見えるというものなのだが、あの態度から不祥事が頻発するというのも頷けるのじゃ。 また、教師の不祥事も多いな。わしはカンカンになって起こっているのじゃ。教師の行動を青少年達は、観察して大人になっていくのだ!これは、大変重大なことですぞ! 若いお父さん、お母さん、「人まかせ」は今から考え直してくだされよ。先生は、心は、教えきれません。どんなに頭が良くても心が悪かったらはっきり言いますが0点なのです。勉強ができるだけでは世の中、まったく通用しません。 |