仙人の庵訪問紀

 突然、「仙人を紹介してやろうか」と友人が言い出した。
 仙人?なんじゃそりゃあ?
 広辞苑あたりを引っ張り出して調べるつもりはないが、俺的には「一般社会と隔絶し、俗世間を超越した次元で生きている人」ってのが一応の定義だ。だが、友人によれば「霞を食って生きている人」であるらしい。
 霞ねえ……ホントにそんな人がいるんなら、マジで仙人だわなぁ〜。霞を食って生きてる奇特な方にはお目にかかったことがないし、そもそも、霞って食えるもんなのだろうか?
 となると、仙人なんてこの世に存在しないことになる。少なくとも、友人の言葉通りの定義であるならば・・・。
 ところが、奴は「仙人はいる」と言い張る。だったら、後学のためにも会っておかねばなるまい。 
 ってなわけで、”仙人”なる人物を訪ねることになったのだが、待ち合わせ場所はなんと街道沿いの喫茶店。おい、サテンって茶しばきする場所だろ?いまどきの茶店は霞を食わすんかい?
 喫茶店に入り「仙人いますか?」と友人。「仙人はあそこにお座りです」と店員のお姉さん。彼女が手で指し示した方向に目をやると、そこには天台密教の修行僧みたいな格好した爺さんがコーヒーを飲んでいた。しかも、モーニングのトーストまでパクついているではないか。
 「???。霞じゃない」
 ”仙人”曰く「喫茶店にいるのは社会情勢の情報収集活動の一環じゃ!新聞も雑誌もいっぱいあるからのう」。
 「ふ〜ん」。それにしても、しゃべることしゃべること。口から先に生まれてきたような人である。霞は食べないでモーニング食ってるし、変である。この人って本当に仙人なの?
 ただ、はっきりわかったのはとにかく貧乏そうなこと。服はぼろいし、あきらかに床屋にも行ってない。友人によると、「間違いなく言えるのは、貧乏であること。それと、本気で”青少年の健全な育成“を考えてること」らしい。ちなみに「霞を食う」っていうのは「粗食に耐える」ってことの比喩だそうだ。コーヒー&トーストなんてのは、この爺さんにとってかなりのぜいたく品であるという。要するに爺さんって、奇抜な格好をしたボランティアオジサンってことね。だったら、何も”仙人”なんて名乗らなくったって……正直、少し詐欺師っぽく見えちゃうものね。

 30分後。俺たちは爺さんの住む「仙人庵」なる場所に行った。すると、そこにあったのはジャングルの中の緊急避難所みたいな、家というにはあまりにも粗末な建造物だった。「あっ、小野田さん」と、思わずフィリピンルバング島で生活していた時の小野田少尉を想像してしまった俺。それにしても今の時代、こんな生活をしている人がいるとは、とさすがに唖然としましたわ。マジで超ビンボーなのね。
 ところが、その一角に一箇所だけちょっと立派な建物があった。20畳近い板張りの部屋で、壁にはヌンチャクが何本もかかっている。なんと爺さん、ヌンチャクの達人だそうだ。つまり、ここは道場ってわけである。
 で、爺さん、技を披露してくれた。その動きの速いのなんのって、ブルース・リーも真っ青ってカンジ。マジで。しかも、道着の間からのぞく腹筋はボコボコに分かれてて、とても60過ぎた爺さんとは思えない。「仙人」と言われてもピンとこないけど、「格闘家」って言われれば、何の疑いもなく納得できる。とにかく、武術に関していえば本物だった。
 このとき、友人が言った。
「つまり、武道を通じて修行し、その経験の中で培ったことを若い連中に伝えてゆく、ってのがこの人の生き方」
 ストイックな生活してるみたいだし、そもそも、あんな肉体を保つにはかなりしんどい修行が必要なはず。確かに”仙人”っていってもおかしくない生き方をしてる爺さんのようだ。そう考えたら、あの喋りにしても人を和ます話術とさえ思えてくる。認めます。爺さん、あなたは紛れもない仙人っす。

瀬戸慎一郎

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